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2002年7月 4日
言葉を紡ぎだすことから
みなさま、こんにちは。
辻元清美です。
衆議院議員を辞職して、100日が経ちました。
この間、選挙区の大阪高槻・島本の皆さんと少しずつ意見交換をさせていただいたり、全国各地の方々から寄せられた私の辞職に対するご意見や激励のメールやお手紙に目を通させていただきながら、静かに過ごして参りました。42年の人生の中で、この100日間は、私にとって、たいへんつらい時間でもあったと同時に、自分を見つめ直す貴重な時間でもあったと思います。「今の心境は?」と問われれば、「沈思黙考かな…」と思いながら、日々、高槻で暮らしております。
本来ならば、多くのみなさまに、辞職についてのお詫びやご説明を直接しなければならないのですが、これまでの自分のあり方や今おかれている立場についての考えや気持ちを自分なりに整理してから語りたいと思い、少し時間がかかってしまいました。時間をかけて、考えぬいた上でないと、何事についても、うすっぺらな言葉でしか語れないような気がして、なかなか、ホームページを再開することもできませんでした。
また、言葉そのものを見失ってしまったような状態にも陥りました。私は、国会で立法活動をすると同時に言論で闘っていました。特に、社民党の政審会長に就任して以来、国会の委員会だけでなくテレビで連日連夜論戦したり、一日何回もさまざまな事柄についてコメントを求められる日々を送っていました。一言のコメントで政局が動いたり、法案が吹っ飛んだり、世論が動いたりする。そんな政治の世界の緊張状態が、いつしか私への重いプレッシャーになっていたようです。
言葉は、「言霊」であって、実感に基づいて考えや気持ちを搾り出さないと人の心には届かないものです。しかし、私は政治の場で、気持ちや考えを確かめるよりも先に言葉を発し続ける事を求められ、言葉を単に消費するだけの状態と背中合わせにいたようにも思えます。その反動なのかもしれませんが、辞職後、一時期、言葉を紡ぎだす回路が切れてしまったようになっていました。
強気で生きてきた私は初めてこのような状態に直面し、戸惑いました。しかし、この状態は自分の問題点を見つけ出し、そこから何かを掴み取る大切な時期なのかもしれない。100日経って、ようやく、そう思えるようになりました。こんな話を友人にしたら、「そんなありのままの姿を語ればいい」とポツンと言われ、その声に押されて、ホームページを再開することにしました。
「あのおしゃべりの辻元が、突然、黙ってしまった。まだ、病気なのか?」
「自分の都合の悪いことにはダンマリをきめるのは、卑怯だ」
「議員は辞めても、辻元のメッセージを聞きたい」
いろんな声が届きます。私への期待や厳しいご批判を寄せていただいたみなさま。また、私のことを心配して下さっている多くのみなさま。しばらくお答えしなかったこと、本当にごめんなさい。
100日たった今日から、自分の考えていることや心境を折にふれて、みなさまにお伝えし、また、みなさまからのご意見に耳をかたむけながら、私はゆっくりと歩み始めていきたいと思います。
