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2004年9月13日

あっちこっち行って、いろんな人に会って。ちょっと長い近況報告

田原総一朗さんと久しぶりにお会いした。『月刊現代』で対談するためだ。ちょうど、パートナーの節子さんを亡くされた数日後だった。

「ふたごの孫が生まれたから、がんばらなきゃいけないんだ。彼女もそれを望んでいるから」と自分を励ますようにつぶやく田原さん。北朝鮮で危篤の知らせを受け、国際電話で節子さんの耳元で話しかけ続けたそうだ。

辞職後、私が苦しい時、節子さんにもずいぶん励まされた。残念で、悲しい。

田原さんは、仕事は休まずにすべてをこなすとのこと。生前、節子さんにそうするように言われていたらしい。

この時の対談「逮捕、選挙、そして今後、すべてを語る」は、現在発売されています。ご一読ください。

対談の数日後、お通夜に出席するために上京する。築地本願寺には、多くの人たちが集まり、節子さんを偲んだ。久しぶりにかつての「同業者」もお見受けした。小泉首相、岡田民主党代表、菅民主党前代表、藤井民主党前幹事長、神崎公明党代表、谷垣財務大臣、仙石民主党政調会長、塩川元財務大臣・・・。数え上げたらきりがないくらいの国会議員が参列している。「朝まで生テレビ」や「サンデープロジェクト」の関係者が受付などを取り仕切っていた。

なんだか、遠い世界のように感じていると、後ろから軍事評論家の田岡俊次さんに声をかけられる。

「辻元さんがいなくなって、国会の安保論争がひどくなった」専門家にそう言われるのは、光栄のきわみだ。しっかりしなくっちゃ。亡くなった節子さんにも「くじけずに」といつも言われていたもの。

8月21日、私の隣の選挙区の箕面市長と市議会議員の選挙の応援に入る。私が街頭演説で街角に立つと明らかに妨害目的の人が現れる。しかし、翌日の投票結果は無所属市民派候補の5人と市長候補の藤沢さんの全員が当選した。よかった、よかった。

高槻北部の山の中に古い酒蔵を改造した二料山荘がある。宿泊や食事ができる施設として生き返らせようと地元の元気な女性たちが運営している。参議院選挙を支援してくれた人たちと昼食をしながらの反省会。「最後まで緊張感をもって応援できなかったことが悔やまれる」との意見が多かった。獲れたての野菜を中心にした手作り弁当はおいしかった。

8月末、講演のために大分へ。仕事がない私のことを気遣って友人の伊田広行さんが大分のNPO関係者と一緒に講演会を設定し、私をよんでくれたのだ。伊田さんは、新進気鋭(?)の行動する学者。個人単位の社会にしようと「スピリチュアル・シングル」という考え方や生き方を唱えている。伊田さんも高槻に住んでいるのでご近所のステキな人だ。

憧れの湯布院へ。今まで二度訪れたが、すべて日帰り。初めて、温泉に入って泊まれるので、伊丹空港で飛行機に乗る時からウキウキ。到着後、さっそく露天風呂へGO。お土産屋で下駄買う。スニーカーから下駄にはきかえ、はしゃいでいる私に伊田さんは少々、呆れ気味。

夜、市町村合併反対の運動をしているグループの人たちと交流会。合併したら湯布院という名前もなくなる可能性があると聞いて「なんのために合併するの?こんな有名なブランドを捨てるなんて」と叫んでしまう。小さな単位で特徴を生かして町作りをしている所は大切にすべきだ。現在進行している市町村合併の進め方はおかしいよ。

亀の井別荘の前社長さん中谷健太郎さんを紹介される。『日本の温泉旅館ベスト10』という類の雑誌などを見るのが私は好きだ。いつかは泊まってみたいと想いをはせながら、写真を見るだけで気持ちが安らぐ。亀の井別荘は必ずベスト10に入っている。中谷さんは、町おこしを進め、現在の由布院を作り上げたお一人だ。ちょうど映画祭の最中だったが、この映画祭も立ち上げられた。私の憧れ旅館のこのオーナーはなんと合併反対の運動に参加し、憲法9条を守ろうと訴える紳士だった。

「われわれは何と多くのものを失ってきたことか。この“にっぽん”が失った『もの・ごと』を町や村に蘇らせることは可能なのか?」と由布院を拠点に70歳の今も行動されている。

翌日、日出生台の自衛隊や米軍の実弾演習場へ。本当に美しい高原だ。こんな所に実弾を打ち込んでいる。大地が泣いている。地元の反対運動の人たちが米軍の演習時には見張りをして、演習内容の監視を続けている。とても大切な行動だ。放置しておいたら、何がなされているかわからなくなってしまう。粘り強い運動に敬意を表する。

午後、大分市へ。久しぶりにトンちゃん(村山富市元首相)宅を訪問する。裁判では上申書を書いていただいた。お礼とご報告。

「政治家は闘い続けなきゃならん。それが、政治じゃ。」と含蓄のあるお言葉。

夜は、地元の市会議員や労働組合の関係者に講演。

「護憲と唱えているだけではだめ。憲法の理念に基づいた本当の意味での人道支援や紛争の仲介など具体的な行動をしなければ説得力がない」と話す。

「二大政党制を含めて今の政治に危機感を持っている人たちの受け皿になる政治勢力が必要だ」との意見が多く出る。

大分での最終日は三つの会合。午前中は『NPOの昨日、今日、未来』というテーマで講演。30人位のこじんまりした会と聞いていたのに、倍近くの人が来て立ち見が出た。NPO法人の数は2万近くになってきている。NPO法を作った時、はたして法人格を取得する団体が現れるだろうかと心配していたが、ここ九州でも増加中だそうだ。

さまざまな地域を訪れた時は、その地のNPOを訪ね、活動内容やNPO法についての現場からの声を聞くことにしようと思っている。自分の作った法律が現場でどのように生かされているのか、また、問題点は何なのかを知ることは大切だ。どんどんやっていこう。

大分の元気な女性たちとの昼食会は楽しかった。家庭内暴力などを受けた女性を救援するNPO法人「エバの会」の活動紹介があった。エバとは大分弁で蜘蛛なんですって。蜘蛛の糸のようにネットワークを張り巡らせようという意味。市役所や労働組合で働く女性、県議会・市議会など女性議員の現場報告を聞く。ジェンダーバッシングが激しくなっているという意見が多い。みんなしんどいけどがんばっている。

「私も激しいバッシングを受けたけど、生きているよ。辻元よりマシやと思って、がんばって」と言ったら大爆笑になった。

午後は「辻元清美再生プロジェクト」の大分支援者との懇親会。裁判では全国各地から署名やカンパを寄せて頂いた。参議院選挙でも「再生プロジェクト」の呼びかけに賛同や個人献金が全国から届けられた。講演などに行くときはその地の支援者にご連絡し、「辻元清美の全国行脚」と称して会合を開くようにしている。苦しかったこの間、助けていただいた方々を私は一生大切にしていきたいと思っている。だから、直接ひとりでも多くの方にお会いしたい。第一弾が大分だった。福岡から娘さんと駆けつけてくださった方もいた。裁判や選挙の報告をする。

「遠くまで報告に来てくれて、ありがとう」と言われる。私の方がありがとうなのに。涙が出そうになる。

大阪では、住吉地区を中心に参議院選挙を応援してくれた方々が「励ます会」をひらいてくれる。パートや派遣で働く女性が多い。リストラの厳しい現場の声を聞く。こんな厳しい中なのに私を励ましてくださる。本当に、ありがとう。

あっちこっちでさまざまな課題をかかえる現場を知り、たくさんの人たちと出会い語り合うことを、今の私は最優先にして生活していきたいと思っています。

9月は前半に、鳥取の過疎の智頭町と函館、札幌に行って来ました。次回に報告します。乞う、ご期待。


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