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2005年8月29日
【ゴミ/環境】 不便を織り込んだスローな社会語る「私の見取り図」
環境問題ばかりやっていると経済が発展しないという考えが根強くあるようです。日本が議長国となって世界の意見をまとめた「地球温暖化防止の京都議定書」が今年2月に発効しました。でも、日本はその約束を守っておらず、このままでは約束破りになる可能性が出てきました。
アメリカはそもそもこの世界的な約束を「経済発展」などを理由に拒否しています。アメリカ追随の日本社会も同じ気持ちなのでしょうか。
でも、経済発展も本当は環境が整えられてこそできるものです。事実、このところ水害などの自然災害が多すぎると思いませんか?
わたしは「不便を覚悟」する勇気が必要だと主張しています。
わたしが小学校時代の1970年代。テレビもあったし、そんなに悪い時代ではなかったと思います。それから30年。コンピュータが普及し、携帯電話や車をみんなが持っているのに何だか忙しい時代を生きています。もっとスローに生きていいんじゃないですか。携帯電話の機種も1年にいっぺんくらいのモデルチェンジでいいのでは。でも、政治活動なんて一番スローじゃないから困っていますが。
企業や自民党までも「モッタイナイ」を連呼し、環境を言いますが、その中身は「環境を言っておけばイメージがいい」程度。それじゃあダメでしょう。
ドイツのように「覚悟」を決めて制度設計を環境重視にシフトすることが必要です。
そうすれば、たとえば自然エネルギーなど分野によっては環境をもとにして経済を――大きくは儲けられないにしても堅実に――まわす事もできます。
たとえば、「市民発電」として太陽光発電機を共同出資する活動があります。公共施設に取り付け、発電で節約した電気料を補助金として返還してもらい、最終的には出資金を返還しようというものです。
ドイツではそうした「自然エネルギー発電所」が数多く地域にあるそうです。風車やバイオマスといわれる自然を使ったエネルギー発電も盛んだそうです。
政治の制度はそうやって作るべきだと思います。
そして、わたしたちもちょっと「不便」を覚悟して、自動販売機を今週は使わないなんてことをしてみません?
