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2005年10月20日 日本国憲法調査特別委員会

2005.10.20

議事録

辻元委員

社民党の辻元清美です。

私は、きょうは、午前中の参考人の皆様から出たことも踏まえながら、主権在民のもとでの日本国憲法及び国民投票法案についてどのように議論していけばいいかということについて意見を述べたいと思います。

本日午前中に、市民団体の真っ当な国民投票のルールを作る会の調査のアンケート結果が参考人の方から示されました。それは憲法改正の手続に関する国民の理解度調査というもので、午前中も私はこの点について参考人の方に質問をしましたけれども、憲法改正のルールを知らないと答えた人が六五・三%、残りの知っていると答えた人の中でも正確な答えが一六・三%、間違った答えが一八・四%だったということ。知らない、または間違った答えを合わせると八三・七%にも及ぶということに非常に驚きを感じました。

私は、本委員会でもこのような調査も積極的に行っていった方がいいのではないかなというふうに考えます。これが現実であるとすれば、国民にとって一番大切な基本法である憲法を改正するかどうかは、主権者たる国民の国民投票によるという最も基本的なことをまず周知徹底させていかないと、この委員会では国民投票法案の個別の論点とか技術的なことについていきなり議論しておりますけれども、国民投票そのものについての理解を深めていかないと、そこのところをどうすれば理解が深まるのかというような観点での意見を出し合ったり、アイデアを出し合ったりしていくことも本委員会にとってとても重要なことだと思います。これは、先ほど公明党の太田委員の方からも前半に指摘されたことにつながると思うんです。

その上で、認識を深めた上で、それではどのような投票方法がよいのかというような順序でいかないと、結局、国会と主権者の間の温度差といいますか乖離がますます進んでしまうのではないかという懸念を共有して議論を進めていった方がいいなというように思いました。

次に、国民投票の運動や報道に対する規制の問題もきょうの一つの焦点になりました。

私は、国民投票の際の規制の対象は、国民や報道機関ではなく、政府であるというようにあちらこちらで発言をしてきました。

きょうの午前中も政府の関与のあり方についての議論が出ましたけれども、国民投票における政府の行為の制限の重要性について理念的な面からも整理をしておいた方がいいと考えますので、幾つか意見を述べたいと思います。

国民投票のあり方というものも憲法という規範の意味にのっとって行われるべきだと思うんです。これは本委員会が始まった日にも申し上げたんですけれども、憲法とは主権者である国民が権力を縛るためのルールであるということは、近代憲法、欧米諸国を含めて、独裁国以外は大体この方向での憲法を持っているという理解は皆さんと同じです。

さて、そういう規範のもとで行われる国民投票というものは国民が主権者である。ということは、どのような形の政府をつくるかということは国民が自由に決めることができるということになります。オールマイティーの力を持っているのは国民であって政府ではないわけです。国民が政府に対して指示を出すということが原則ですから、政府が、国民にこうだああだというような形で、憲法を変えるに当たっても命令や規制をかけるということは、この憲法というものの規範にのっとって考えてもおかしな話になってしまうと思います。

統治機関の一つである国会が発議して国民に提示した憲法改正案について、国民が最高の権利を有する主権者という立場で国のあり方について判断を下すのが国民投票であるということは皆さんと同じ認識です。ですから、国民の下に位置するのが政府で、上位者であり主権者である国民に対し、主権者としての判断を形成するために必要な運動や報道に制限を加えるということは、この理念においても、憲法というものの意味においても考えられないことであるというようなことを私は共通の認識にすべきだと思います。

逆に、国民投票の実施に当たっては、こういう観点から、政府は何ができるかということを厳格に決めておく必要がある。何ができるかということを決めたこと以外は政府は行うことができないということははっきりどこかできちっと確認する作業が必要ではないかというように思います。

これは、きょうの参考人の皆さんからも、いろいろな外国の事例で、政府が公正そして中立な立場で情報を提供するという事例も紹介されたことを理念的にもきちっと確認した方がいいということで問題提起をさせていただきました。私は、国民投票における政府の立場というのは受動的なもので、どのような権力や政府を選ぶかという能動的な立場は主権者であって、その選ばれたものを受けるというのが政府の立場であって、その過程で行われる国民投票においてもその理念はしっかりと貫かれなければならないというふうに思います。

そういう中で、きょうも幾つか外国の事例も紹介されました。

その中で、賛否両論を平等に扱うというのは、これは技術的な話だけではなくて、私たちが、憲法というものをどうとらえ、憲法というものを国の中、そして主権在民の意味をどうとらえるかということにも関係する極めて根本的な問題から発した技術的ないろいろな提起であると思うんです。ただ、技術的なところだけが議論されるのではなくて、きちっと憲法の規範というものを押さえた上で政府の役割ということが論じられなければいけないと思っています。

その中で、前の参考人からアイルランドの例が出ておりました。これは私は非常に興味深かったです。

国民投票委員会というのを設置して、現職の高裁判事、会計検査院長それからオンブズマンなど五人のメンバーによって、憲法改正案が下院に提出された後にそういう組織がつくられて、そして、この委員会が国民投票に付される情報のパンフレットの配布とか国民に伝えるということを行う。その際、賛否両論、平等に行われるというような事例も前回の参考人の方から提示されました。

このように、中立公正をどのように担保していくかということはかなり時間をかけて慎重に議論されるべき大きなポイントであると思います。

そして、その次に、きょうは公平性ということも随分議論に上りました。

これは前回の参考人からもこういう指摘がありました。国会内における賛成意見も反対意見も、国民討議の場、いわゆる公共空間においては対等の価値を有するべきという指摘がなされました。国会の中での発議は三分の二の議員の多数によって発議される。それは、憲法が軽々しく変えられてはならないという趣旨であって、しかし、発議後は賛否両論、平等に扱われた中で国民投票が行われるということを担保していくべきであるということも申し述べたいと思います。

以上です。