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活動ブログ

右翼3人との乱闘をおさめた辻元清美

2017.10.18

フローレンスの駒崎さんが、辻元のことを書いて下さいました。

「メディアに叩かれてたけど、本当はスゴい4人の議員」

その時の話、私は乱闘寸前の状況の現場におりました。(スタッフ秘書より)

イベント開催日は、東日本大震災から半年余り経った2011年9月27日でした。

菅政権のとき、無所属議員だった辻元は、災害ボランティア担当の総理大臣補佐官として官邸に呼ばれ、ボランティアと自治体、国、自衛隊、NPOの連携・調整役に徹し、ひたすら奔走していました。

しかし、産経新聞の記事(注1)をきっかけに、連日、辻元に対するありとあらゆるデマが作られ、流され続けていました。

その中での会でした。

お客さんはたぶん80人ぐらいの小さな会だったかと思います。

年齢は20代〜60代ぐらいで、ふつうの会社員っぽい人や若者も多かったです。

当日は、当時まだ俳優だった山本太郎氏も、観客のひとりとしていらしていました。

途中、山本氏もトークに参加。

そのあたりから右翼の脱原発という大柄の男3人が、客席からヤジを飛ばし始めたのです。

その人たちと山本太郎さんは一緒に来てたわけではありません。

当時、タレント生命を危うくしながらも脱原発を訴え続けていた山本氏は、辻元に、脱原発が実現しないことや放射能被害への対策の遅れをかなり強く怒っていました。

同時に右翼の3人組のあおりもひどくなり、「今すぐ原発止めろこの野郎!」「人殺しじゃねえか!」 といった感じの罵声を浴びせ続けました。

こちらの言葉をまったく聞こうとせずにヤジるだけの3人に、駒崎氏が「やるか、表に出るか」となり、グラスも割れ、高齢の女性客から悲鳴も飛びました。

一触即発の状態になりましたので、強引にイベントは終了。

すると、今度は、右翼3人組が荒々しい態度で辻元に詰め寄りました。

でも、その男たちに、辻元はまったく顔色も変えず、うろたえず、ヒステリックになることもなく、訥々と、政府の姿勢を説明していました。

私は「やめてください!」と割って入ろうとしたのですが、軽くはじき飛ばされました。(苦笑)

そんなもみ合いで混乱している隙に、他のスタッフが駒崎氏をタクシーに乗せました。

その間、辻元は、山本氏や右翼の3人組に、「浜岡原発を止めたときにどれだけの圧力をはねのけたか、対立する利害調整があったか」など、運動とは違う政治のシビアさを話していました。

彼らは、驚きながらうなずき、最後には、「辻元さんに頑張ってほしい」と言われました。

その時の様子は「感動した」など、その場にいた人たちがtwitterで証言しています。

私はその後、辻元を裏口から出して、他のアンチ辻元が待ち伏せでもしていないか周囲に目を配りながら、すばやくタクシーに乗せました。

必死でした。見送った後、手がガクガクと震えたのをよく覚えています。
今でこそ笑えますが、あのときはほんとに怖かったです。(スタッフ秘書より)

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注1)産経新聞社に80万円の賠償命令 辻元議員の記事巡り

産経新聞の記事で名誉を傷つけられたとして、民主党の辻元清美衆院議員が産経新聞社などに損害賠償などを求めた訴訟の判決で、東京地裁は22日、名誉毀損を認め、同社側に80万円の支払いを命じた。問題とされたのは、2011年3月16日付と同21日付朝刊の記事。辻元議員が阪神大震災の際に「被災地で反政府ビラをまいた」などと報じた。判決で斎藤清文裁判長は「記事内容は真実と認められず、真実だと信じる相当の理由もない」と指摘。記事は「災害ボランティア担当の首相補佐官だった辻元議員の社会的評価を低下させるものだった」として名誉毀損の成立を認めた。

日本経済新聞から抜粋 2013/3/22