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活動ブログ

副大臣就任あいさつ<詳細>

2009.10.8

国会ブログ

9月24日、馬淵澄夫副大臣、長安豊大臣政務官、三日月大造大臣政務官、藤本祐司大臣政務官といっしょに、国交省の職員のみなさんに対して就任挨拶を行いました。
遅くなりましたが、その詳細な内容を掲載します。
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皆さんこんにちは。この度国土交通副大臣を拝命致しました辻元清美です。今日は、お仕事中にも関わらずこんなにたくさんの皆様にお集まり頂きまして、まず感謝申し上げたいと思います。これからしっかり力を合わせて頑張りたいと思いますので、よろしくお願い致します。
 さて、私は奈良県吉野郡大淀町下渕という、奈良の吉野の桜の名所の近くで生まれたんです。山の中でした。小さいときには、橿原神宮という駅から奥は単線の列車なんです。たった1本の列車が私達の命綱でした。小さいときから、1時間に1本くらいしかないこの列車で、私達は生活してきました。それが幼い頃の思い出です。
 それから、この吉野から奈良に向けてたった1本の道、これが私達の生命線でした。そして、吉野の里から1つのトンネルが出来たとき、「これで山越えせんで済むなぁ」、「助かるなぁ」と、本当に心から喜んだ、そんな子供時代でした。私のおじいちゃん、母方の祖父ですが、トラックの運転手でした。吉野杉を、吉野・熊野の山奥から大阪に大型トラックで運ぶという仕事をしておりました。私は馬淵副大臣と同い年です。1960年に生まれたんです。当時、高度成長期真っ只中、おじいちゃんの仕事を子供のとき手伝っておりました。
 実は私の母方のお兄さん、伯父さんは船乗りなんです。当時、タンカーで世界中の海に、日本の産業を支えるために、船乗りで行ってました。大阪の港に着いたときは、伯父さんの船に乗せてもらって、子供ながらに「船乗りってカッコええなぁ」と思っておりました。
 そして国会議員に、初当選は13年前でしたけれども、その前は私も客船関係の、特に観光や国際交流という仕事に就いておりました。そういう経験から、私は非常に皆さんの仕事に親しみを覚え、そして誇りを持って、これからも多くの人達の暮らしを支えて参りたい、という決意で初登庁させて頂きました。
 今、連立政権の時代です。私、社民党なんです。ちっちゃな政党なんです。しかし、連立3党、違いを乗り越えて、力を合わせて、国民の皆さんに政権交替して頂いた、その重みと意味を噛み締めて、前原大臣以下、皆様方と力を合わせて進んで参りたいと思います。 
 今、日本の経済は非常に厳しいです。国民の皆さんの生活もしんどいです。選挙でずっと日本中を歩きますと、最近で私が一番心を痛めるのが、子供達。親御さんが派遣切りにあったり、仕事が無くて、高校を辞めなきゃならない子供達が出てくる。学校へ行くにも、学費をしっかりと払ってもらえない子供達が出てくるという、非常に心が痛みます。私自身も小さいとき、どちらかというと経済的に苦しい家の子供でした。ですから、学校へ行かせてもらうのにも本当に多くの人達の手助けや、奨学金をもらいながら学校に参りました。子供達がつらい思いをしている、こんな日本を何とか変えたいと思うんです。
 そのためには、限りある財政、日本の財政が苦しい中で、どういう優先順位で、どこにお金を配分していくかということを、皆様方と共に考えて参りたい、と私は思っています。そして1人も泣く子供がいない日本にしていくために、皆様方と共に守る力と変える勇気を持ちたいと思うんです。守る力というのはもちろん、国民の皆さんの安心と安全を守る仕事です。しっかりと守って参りたいと思います。
 今回は災害対策や危機管理という、皆さんは辻元に任せて大丈夫かとひょっとしたら不安になるかも知れませんが、政権に入りましたので、しっかり覚悟を決めて取り組んで参りたいと思っております。阪神・淡路大震災のボランティアとしても、ずっと活動に携わって参りました。ですから、守る力と、そして今までのあらゆる施策を、今、この日本のために、どういうように私達が変えるべきところは変えていくかということを、皆様方と一緒に、勇気を振り絞って、施策を点検して参りたいと思っております。
 最後になりますけれども、私の担務は交通政策、今申し上げましたように、交通政策というのは福祉と環境の産業だと思います。お金が無くて車が買えない人も、公共交通があるから移動ができる。身体の不自由な方々やお年寄りもそうです。そして、環境との共存というのも、この交通政策に掛かってきております。
 そしてもう1つが観光。私は観光を、内需を拡大するエンジンにしていきたいと思っております。かねてから「ヒューマン・ニューディール」という、人を幸せにする仕事づくりと産業こそを日本の中心に据えたいと思って参りましたので、皆様方と共に観光にも力を入れて参りたいと思います。そして災害や危機管理と、精一杯頑張りたいと思っております。
 実は私は本音で言うと「脱・官僚」という言葉があまり好きではないんです。私は政治家が悪かったんだと思うんです。私も政治家なんですが。政治の側がしっかりするということが第一義的だと思っております。そういう意味では、皆様方と共に政と官の本当に良いパートナーシップを築く、1つの大きなきっかけにしていければ良いな、そのきっかけの1人になりたいなと思っております。
 どうぞ皆さん、あそこに行け、ここに行け、ここの現場を見た方が良いなど、いっぱい私に知らせて下さい。私はまず、自分の部屋にスニーカーと長靴を置きます。現場にどこでも出かけていく、フットワークの軽い副大臣として精一杯頑張って参りたいと思いますので、共に力を合わせて、今日より明日、明日より明後日と、明るい日本を作るために頑張りましょう。
 ありがとうございました。