つじもと清美 公式 参議院議員 立憲民主党(全国比例代表)つじもと清美 公式 参議院議員 立憲民主党(全国比例代表)

活動報告・国会質問・質問主意書

あわただしい10日間――菅総理と被災地へ(1/2)

2011.6.20

国会ブログ

あわただしい10日間だった。
内閣不信任案が否決された次の日から、私は被災地へ。永田町のゴタゴタに左右される余裕は、現場にはない。
10日金曜日、日本記者クラブでの会見を終えてから、新幹線で岩手県の新花巻へ。
翌11日土曜日は釜石市の災害ボランティアセンターで事務局メンバーと打ち合わせ。「一日でもいいのでより多くの人に来てもらいたい。平日も歓迎」とのこと。しかし、瓦礫は大分片づいたが、市街地の外にはまだまだ残っていることや、仮設住宅は大分できあがり入居も始まっているが、自殺者が多い土地柄なのでこれからが心配という声も。
その後、魚市場へ。私に「自分は自民党だけど、あの不信任案は何だ。いま総理を代えてどうする!」と詰め寄ってくる男性がいた。「もうすぐ菅総理が来るから、直接言ったら」と私。14:30に菅総理と合流したとき、その男性が「やめなくていいから、とにかくやることをしっかりやってくれ!」と菅総理に直訴。総理はしきりにうなづいていた。
その後黙祷をし、災害ボランティアセンターへ。
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仮設住宅を視察後、釜石高校へ。「生活の平常化に向けた市町村との意見交換会」に、菅総理、陸前高田市選出の黄川田徹議員とともに出席する。釜石市と大槌町の行政や漁協、農協、商工、福祉関係者と直接対話。総理はいつも手放さないノートに、誰よりもメモをとっていた。
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生活の平常化に向けた市町村との意見交換会
12日日曜日、13:00から宮城県仙台市で行われた「被災者の孤立死を防止するための有識者会議」に仙谷官房副長官、松本防災担当大臣らとともに出席。
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被災者の孤立死を防止するための有識者会議
その後石巻市へ。17:00から渡波地区を現地視察。被災地宅や、保育園などの小規模避難所を訪れる。「のりの養殖を行っていたが、これから復興できるのか不安。護岸が壊れ、海底に瓦礫が散乱している。当面は瓦礫の撤去区で雇用されているが、恒久的な仕事が必要だ」という切実な声。「ここに来てくれた政治家はあんただけ」と言われる。大きな避難所にはみな行くが、小さな所は置き去りに、とならないようにしなければ。
その後、19:00から石巻災害復興支援協議会の連絡会議。各分野のボランティア団体から活動報告がされる。その後、ボランティアと自治体、NGOなどとのコーディネートの中心的役割を果たしている石巻青年会議所の伊藤会長と各種助成金などについて打ち合わせ。
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20:45、石巻市社会福祉協議会へ。「隣接社協と情報共有をして、生活相談などの支援のスタンダードを決めたい」とのこと。今後は女川から石巻に引っ越してくる被災者も多いと思われる。被害の大きかった女川社協は多くの課題を抱え込んでいるかもしれない。国としてもできることをしてかねば。
13日月曜日、早朝仙台から移動して9:45に福島県の相馬市へ。ボランティアセンターで状況を聞く。やはり今後は、放射能の問題もあり心のケアが大きな課題。とくに子どもの心が心配だ、とスタッフの方々。学校再開までは福祉寺子屋をやっていたが、再開後は先生のケアも必要だという。その後相馬農業高校を訪問。

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福島県相馬市にて、「思い出探し」ボランティア(写真などの回収、洗浄)をする地元のみなさんと。

11:00過ぎに新地町に到着。役場で町長と打ち合わせ。仮設住宅の孤立問題に対して、新地町では先駆的なとりくみが行われている。「地域単位で入居したい」という話が出て、地域住民と話し合い、コミュニティ単位の入居が実現できたのだ。さらにペット用仮設住宅団地も60戸を別に建てたとのこと。「集会施設もつくっているし、自治組織を作ってリーダーを決めているので、孤立死防止にもつながると思う」とのこと。
その後災害ボランティアセンターへ。「マイタウンマーケット」という企画があり、戦後の公設市場をイメージしながら、被災者とボランティアがともに企画実現に向けてがんばっている。
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その後、新幹線で官邸・会館に戻り、数日間のたまった仕事を整理。(続く)