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活動ブログ

つじとも通信 VOL.23:「本気で変えたいから」決断しました。

2011.10.1

巻頭言

つじとも通信 VOL.23
2011.10.01
「本気で変えたいから」決断しました。
日本は「非常事態の真っ只中」と、私の体の中のアラームは今も鳴り続けています。M九という世界史上五番目の地震、そこに最大規模の津波が襲いかかり、さらにレベル七というチェルノブイリ級の原発事故が重なった。正に、人類史上最大規模の複合災害の真っ只中にいるのです。震災から三日目、首相補佐官に任命されて以来、日本は「極限状態」だと痛感しながら、官邸と被災地を往復して危機管理にあたりました。
日本は、震災前から、自殺者は後を絶たず、「孤族」という言葉が生まれるような社会状況でした。そこに震災が追い討ちをかけ、日本は生活できない人をさらに大量に抱える国になってしまったのです。みんなが食べていけるようにするのが政治家の最大の務めです。食べていけない社会がファシズム・戦争への道につながる。これが歴史の最大の教訓です。「平和が大事」と叫んでも、「かまどの煙」が立たなければ平和は実現しません。まず、みんなが食べられるようにする。これが今の私の最大の役割だと腹をくくりました。しかし、政治に「魔法の杖」はないので、思うように進まず一進一退です。
ただ批判をするだけなら簡単です。私も「批判の女王」と呼ばれた時代もありました。外部から権力のチェックを行う存在は必要ですが、今はそこにエネルギーを使うより、自分にできることを一つでも二つでも具体的に実行し非常事態から脱出したい。やればできることはたくさんある。本号では、NPO法改正、社会的包摂政策取りまとめ、被災地での病院立ち上げ、浜岡原発停止、NPO・行政・政府の連携など、この半年間で実現できたことのごく一部を紹介しました。今後は東北をはじめ全国の若者の仕事作りや、大阪商人のド根性を発揮して新幹線技術の海外展開の「行商」などにも取り組みます。
浜岡原発停止と菅前総理の「脱原発依存」発言に関わる過程では、政治と運動が共鳴した時、大きな政策転換ができるという手応えも得ました。でも政府の中の動きを作ることはたやすくはありません。それは自民党政権からしみついた官僚システムの流儀の壁がまだあるから。私は国交副大臣時代から、JAL再生やJR不採用問題解決など、官僚と対立するのではなく「人として」対話を通じて政策実現につなげてきました。本気で日本を変えようとするならば、志を同じくする官僚とのチームプレーをどれだけ築けるかが鍵。
総理官邸という「官僚システムの総本山」で働いて、このことを今まで以上に実感しました。官僚のピラミッド型思考とNPOのネットワーク型思考がかみあわず、全省庁が参加する被災者支援の会議では、私の発言が遮られることもしばしば。でもねばり強く対話を続け、各地でのボランティアの奮闘ぶりがじわじわと浸透しはじめると、最後には「NPOなどの力なしに復興は不可能」という空気に政府も変わりました。
非常時の政権中枢で(しかも「市民活動出身の総理」の間近で)仕事ができたことは、替え難い経験でした。あらゆる会議の場で「女性は私一人」だったり、「統治」の難しさに直面したり。この半年で学んだことを次の政治に活かしていくことは、私の使命です。雛鳥が卵からかえる時に外と中から「トントン」と叩いて割るように、政治の外の運動と政府の中の動きが重なった時、「変革」が起こるのです。
気がかりなのは沖縄の基地問題。政府は「日米合意を踏まえて」と繰り返す一方で「沖縄の合意なしでは進めない」という姿勢も示しています。沖縄県知事は米国で「新基地建設はいらない」と訴えました。政権・与党の中でも、このような沖縄の厳しい声をしっかり伝え、実現していく役割が今こそ必要と考えます。
野党時代の私は官僚の「論破」が役割でしたが、今後は「対話と説得」でチームプレーを目指します。脱原発への動きを後戻りさせないため、また沖縄の基地問題の解決のため、「中」からの変革という困難な道に挑戦です。どんな権力も腐敗するので、権力に切り込むことは必要ですが、「中」から権力の質を変えることこそ政権交代時代の政治の本質ではないでしょうか。
「民主党に入って大丈夫?」と心配の声もいただきました。私の理念は変わりません。理念を実現するために決断をしたのです。
「政権交代しても自民党と同じ」と糾弾するのではなく、「自民党と同じにしないため何をすべきか」という発想で、「政権交代を無にしない政治」を実現するため行動します。
 辻元清美