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つじとも通信 VOL.24:大きな歴史の転換点で、希望を紡ぐ政治へシフトできるか。

2011.12.12

巻頭言

つじとも通信 VOL.24
2011.12.12
大きな歴史の転換点で、希望を紡ぐ政治へシフトできるか。
今年は日本も世界も、そして私の地元大阪も大激動の年になりました。
日本国内では三・一一の東日本大震災の地震・津波、そして福島第一原子力発電所の大事故。海外に目を向ければ、欧州財政危機の連鎖、米ウォール街での格差解消座り込み。
そして大阪ではW選挙での橋下旋風。今までの政治や経済や社会のあり方が大きく問われ、私は歴史の転換点の年になるのでは、と思っています。
そんな中で私にとってのこの一年間の最大の成果は「NPOなどの税制改正」と「浜岡原発停止」です。この二つは世の中の動きや価値観を転換していく力を内包した政策決定だと自負しています。
ボランティア担当の内閣総理大臣補佐官として被災者支援に全力投球してきましたが、中央官僚機構の縦割りと国・県・市町村の意思疎通の悪さに歯軋りをし、危機における政治の力の限界を、内閣の中枢にいた分、今まで以上に思い知る日々でもありました。
しかし、なんとか希望を見つけ出し、戦後続いてきた中央官庁や地方自治体の硬直性に風穴を開けたい。そんな一念で実現にこぎつけたのがNPO法大改正です。
震災ボランティア連携室で一緒に仕事をしていた内閣官房参事官から「改正に向けて危機迫るものがありました。執念ですね」と言われました。制度疲労を起こしている官僚システムを批判するだけでは変わりません。NPOを中心にした新しい公共活動の展開を各地で広げていくことが「官」の質をも変えていくはず。漢方薬のような政策です。
原発政策の転換も一筋縄ではいきません。一一月二〇日から二三日まで、四日間に渡る「提言型政策仕分け」が行われましたが、第一日目「原子力」政策の議論の場で飛び出した文部科学省官僚の発言に、私は愕然としました。「これまで除染などの原発事故対応の研究はどれくらい行ってきたのか?」という質問に対して「今までは行ってこなかった」という。
さらに「なぜ、行ってこなかったのか?」と問われて「事故対応の研究をすると、原発は事故が起こる、危険なものだと認めることになるので、研究してこなかった」と言うではないですか。このような前提で原子力政策を国策として進めてきたのです。
私は戦前における最大の国策の過ちは、日本は負けないという神話のもとで突っ込んでいった「戦争」であり、戦後の最大の国策の過ちは、事故はないという神話を前提にして進められてきた「原子力政策」だと考えています。
今後は国家が過ちを犯すという前提からエネルギー・シフトの議論を進めていくように、枝野経済産業大臣や細野原発事故対応大臣などに働きかけています。
欧州財政危機やアメリカでの格差問題は日本をはじめ先進国と言われる国々が等しく抱える危機です。先日、米国大使館の政治部幹部と議論をしたとき、「日米とも先進国だという過去の栄光の残像を捨てなければならない。今までの政治や経済のあり方の『没落』を受け入れるところから政策の再構築をしなければならない」と私ははっきり伝えました。
政権の中で、七転八倒したものの、問題点を実感したということは、裏を返せば、どこを変えなければならないのか今まで以上にクリアに見えたということです。
政治は「希望の組織化」であり「妥協の芸術」である。初当選のときからの私の行動原理の座標軸です。民主党に入って二カ月、良いことからも悪い事からも学びながら、今まで以上に自分をバージョンアップさせて、希望を紡ぎだす政治の実現に力を注いでまいります。
辻元清美