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2013年5月10日 法務委員会

2013.5.10

議事録

辻元委員

その基本的な認識というところで、よく言われていますのは、人間は生まれながらにして自由、平等で、平和を追求する権利を持つとか、人間は生まれながらにして天から人権が与えられている、いわゆる天賦人権説というものが基本になってこの世界人権宣言などがつくられてきたと思いますが、大臣も同じ認識でしょうか。

谷垣国務大臣

私は、これは法務大臣としてお答えするのがいいのかどうか非常に戸惑いを、別に法務省の見解というわけでもありません、それから、どちらかというと私の個人の見解でございますから、こういう場で大臣としてそういうことを申し上げるのがいいかどうかわかりません。

私は、率直に申し上げますと、自然法論、天賦人権論というものが本当にいいのかどうかというのは若干疑問を持っております。私は、どちらかというと、もっと法実証主義的な、えらい難しい言葉を使いますが、法実証主義的な考え方があるべきではないか。それは、要するに、近代国家ができるときに、天賦人権論あるいは自然法思想を背景にしてこのような議論が行われたことは、歴史的な経緯としては極めて重要なことでございました。

ですから、これは大臣として申し上げているのではなくて、私個人としては、もう少し法実証主義的な立場に立つ方がいいのではないかと思っていることは事実でございます。

辻元委員

そうしましたら、自民党の改憲案で、ここにその改憲案を説明しているQアンドAというのがございます。

この中で、「人権規定も、我が国の歴史、文化、伝統を踏まえたものであることも必要だと考えます。現行憲法の規定の中には、西欧の天賦人権説に基づいて規定されていると思われるものが散見されることから、こうした規定は改める必要があると考えました。」というのが説明なんです。

ここで言う「我が国の歴史、文化、伝統を踏まえた」人権、これは、例えば中国などは人権の意識が随分違うように思います。しかし、例えば、ハーグ条約について先日議論いたしましたけれども、このとき、子の人権ということを考えるときに各国ばらばらでは困るんですが、この自民党のQアンドAを見ますと、天賦人権説、散見されるから改める必要がある、ここまで言っているんですけれども、これも大臣は同じ認識ですか。

谷垣国務大臣

先ほど申し上げましたように、出発点として、人権議論に、自然法論といいますか天賦人権論といいますか、天賦人権論というと随分大時代な雰囲気のような気がするんですが、そういう自然法的な議論の系譜があったことは、これは間違いない事実だろうと思います。

そして、やはり、そういう主張がありましたルソーであるとかロックの時代から……(辻元委員「違う。我が国の歴史、文化、伝統を踏まえたものであるべきだという、それはどういうことか」と呼ぶ)いやいや、何百年かたちまして、その間に、いろいろな、先ほど申し上げましたように、大体共通のカタログというものがかなりでき上がってきた。それが、やはり日本人として考えるところもあるかもしれません。

ですから、そういう、我が国にも我が国の法実践があり、我が国としてのいろいろな物の考え方があるということも事実です。やはり、若干共通のものはあるけれども、全て国によって同じというふうにも私は考えません。

ですから、そういうことも踏まえて、やや法実証主義と申し上げたのは、なかなか、こういうかたい言葉を使いますと、実はニュアンスがうまく伝えられるかどうか。私も、答弁しながら、余りにも個人的な考え方を申し上げ過ぎているなと思いながら実は答弁しているんです。ですが、大枠として、近代憲法から出てきた数百年の各国の憲法状況とかそういうものは、おおむね人権に関しては共通のものができてきていると思います。(発言する者あり)

辻元委員

私も、人権については、今、グローバルスタンダードとおっしゃいましたけれども、国際的に、人権状況が悪いところに対しては、民間であればアムネスティであり、国連なども含めて、人権問題を取り上げるぞ、ちゃんと改めろということを言うわけで、私は自民党の、伝統、文化を踏まえたものというよりも、むしろ、天賦人権説をさらに発展させて、国際的に共通な理念に持っていこうというのが今の世界の流れではないかと思っています。

もう一つお聞きしたいんです。

自民党がおつくりになった案の中の、憲法十三条、公共の福祉をこう変えると書いています。

「「公共の福祉は、人権相互の衝突の場合に限って、その権利行使を制約するものであって、個々の人権を超えた公益による直接的な権利制約を正当化するものではない」などという解釈が主張されています。」と言っているわけですね。これは自民党のQアンドA。

今回の改正では、憲法によって保障される基本的人権の制約は、人権相互の衝突の場合に限られるものではないことを明らかにしましたということで、公益及び公の秩序に反する場合は人権を制限できるというように、自民党案では、こちらの方がすぐれているということで総裁時代におつくりになったわけですけれども、私は、先ほどから申し上げておりますように、どんな為政者が出てきたとしても、その権力を縛り、そして人権を保障するという憲法の立憲主義の観点から見れば、公益及び公の秩序で人権が制約できるということを憲法がうたうことは立憲主義の精神に反するのではないかと思いますが、いかがですか。

谷垣国務大臣

公共の福祉という言葉を現行憲法がつくったときにも、公共の福祉というのは一体何なんだ、なかなかわかりにくいね、あるいは、こういう内容を持った方がいいのか悪いのかとか、いろいろな議論があったと思います。

それで、今は恐らく、公共の福祉というのは、ここにも書いてあるんでしょうが、辻元さんがおっしゃったように、人権相互がぶつかったときの調整の概念というふうに考えられていると思います。

そして、こうなった背景には、明治憲法の構造というものに対する非常なアレルギーがあったんだろうというふうに私は思います。現に、私が学生時代に読んだ教科書は、宮沢俊義先生の教科書でございましたが、そういったところを非常に強調して書いておられたと思います。

しかし、数十年の憲法実績の上で、私自身は、宮沢先生の解釈は大日本帝国憲法時代の運用に対するアレルギーが少し強過ぎるのではないかという感じを、これも私個人として申し上げます、持っていることは事実でございます。