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2015年6月11日 憲法審査会

2015.6.11

議事録

本審査会では、国民投票法の改正案につきましても昨年議論をされました。参議院の審査会では、このような附帯決議がついております。仮に政府において、憲法解釈を便宜的、意図的に変更するようなことをするとすれば、政府の解釈ひいては憲法規範そのものに対する国民の信頼が損なわれる、そんなことがないようにと。これは昨年です。
 やはり今、国民から上がっている声は、政府がどうも便宜的、意図的に憲法解釈をしようとしているのではないかという点だと思います。そして、その根拠が二つ、きょう出されました。一つは、砂川判決を持ってくること、これは便宜的、意図的ではないのか。もう一つは、一九七二年、昭和四十七年のいわゆる見解を強引に持ってきているのではないか。この二点だと思います。
 一点目の砂川判決です。
 高村委員がおっしゃるように、砂川事件最高裁判決の読み方が到底受け入れられないなと思うのは、その後の半世紀以上にわたる集団的自衛権をめぐる議論で、高村委員のような読み方が前提にされている形跡が一切ないということなんです。もしも高村委員のような読み方が前提となっているのであれば、日本政府は、最高裁判所が合憲と言っている集団的自衛権を違憲であると強弁し続けてきたことになってしまうと思います。
 周辺事態法の議論が十七、八年前にありまして、高村さんは外務大臣でした。このとき、イラク特措法もそうですが、武力行使との一体化の議論は、集団的自衛権の行使を部分的であろうが全体であろうが一切認められないので、武力行使の一体化はだめだ、だから、武力行使と一体化しないところに自衛隊を出すんだと、高村氏みずから、私との質疑でもやりとりをしてまいりました。
 高村外務大臣の口から、砂川判決が集団的自衛権の行使を認めているんだということであれば、なぜそのときに高村さんはおっしゃらなかったのか。北側幹事もその議論に参加をされていたと私は記憶しておりますが、北側幹事からも、砂川判決で認めておられるじゃないかというような論拠は誰一人言ってこなかった。
 それで、今、便宜的、意図的に、今の安保法制に何とか理由を見つけなきゃいけないということで持ってきたと言わざるを得ないと思います。高村さん、外務大臣のとき、なぜあなたは砂川判決が集団的自衛権を認めているという論を展開しなかったのか、私は聞いてみたいところです。
 二点目の四十七年見解におきましては、昨日の私と横畠内閣法制局長官とのやりとりで、誰が四十七年見解を基本的論理と当てはめという理解の仕方に変えたのかと言ったら、私でございますと。横畠長官が編み出した論理なんです。
 といいますのも、少し前の、例えば宮崎元内閣法制局長官はこうおっしゃっています。一九七二年政府説明書、これは政府見解です、個別的自衛権の行使が現行憲法第九条のもとでも許されることを述べたものであって、同じ基準の裏返しとして、集団的自衛権は認められないということを決めているんだ、その部分部分を継ぎはぎし、同説明書で示された基準は、必要最小限度の自衛の措置かどうかであり、集団的自衛権がそれに当たるかどうかは事実の当てはめの結果にすぎないなどと強弁するのは、こじつけ以外の何物でもない、今の長官の四、五代前の法制局長官がこういう主張をなさっているわけです。
 にもかかわらず、私が考えた論理でございますと横畠長官が言って、今この時期に持ち出してきている。これは、安倍政権で進めようとしている、法律にまさしく憲法を合わせようとしている、立憲主義にもとる姿勢だからこそ、便宜的、意図的で、国民の信頼を今失おうとしているのではないかと私は思います。
 最後に、かつて改憲派の総理大臣であった中曽根総理がこうおっしゃっています。憲法の解釈論は政策論や願望でやるべきではないと思います、もし政策論や願望でやれば、総理大臣がかわるごとに憲法の解釈が変わるという危険性も出てまいりますと。
 私はきのう、横畠長官や中谷大臣に聞きました。当てはめであるとするならば、安全保障環境が変わり、そうしたら、またこの当てはめで憲法解釈が変わるのか。そのとおりでございますと。
 憲法違反の基準がころころ変わるというようなことを、本審査会は許すべきではないと思います。
 以上です。